February 13, 2005
赤い丸の内線
昨年四ッ谷駅で思いがけなく赤い丸の内線に出会った。それは遠い幼い日の記憶をよみがえらせるきっかけとなった。
幼稚園の頃たびたび池袋から茗荷谷まで地下鉄に乗ることがあった。
パンタグラフのない初期型地下鉄は3本目のレールから電気をとって
いる為池袋駅を出発してすぐに線路のポイントを通過する際にレール
から電気の供給が一瞬途絶えて車内は真っ暗になるのであった。
その時、すかさず窓の横についている小さなガラスのビンみたいな場所
にわずかな明りが点灯して車内は沈黙のお化け屋敷状態となる。
扇風機も首振り式でなく大きなマンホールのふたみたいな丸い送風口
から風が出てくるもので中心には営団のマークがあったと思う。
車内はピンク色で今のようなつり革式の丸い輪ではなく白い金属棒で
つかまるところがはさみの握り手のような形をしていた。
通常はバネで網棚側にはね上がっているのだが使う時は手前に引っ
張って握るのだ。
やってみたかったが当時背が届くわけがなかった。
丸の内線は昭和29年1月に戦後東京で初めての地下鉄として池袋・
御茶ノ水間に開通した。
(日本初はご存知 銀座線 昭和2年12月上野・浅草間開通)
(写真はまだ名称が決まる前の帝都高速度交通営団の新線紹介チラシ)
その後、昭和31年7月に東京駅まで延長され、昭和34年3月に新宿・
霞ヶ関間の全線が開通した。
昨年は丸の内線開通50周年を記念して特別塗装の赤い丸の内線が
走ったのであった。
その後ポイント通過時の停電現象は補助電源装置の開発により
なくなってしまった。こうして昭和レトロの名残は消えていくのであった。
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